善意ある病院だけの対応ではもう限界 ―困窮する外国人の命を守る「最後の砦」無料低額診療事業―

■はじめに
この記事では、
①11月に行われた医療相談会に医療を受けられない外国人が殺到したこと
②その背景には国民健康保険や生活保護からも排除されているという状況があること
③そうした外国人の命と健康を「無料低額診療事業」が繋ぎとめていること
④しかし、外国人の命と健康を守る「最後の砦」の無料低額診療事業の継続はもはや限界であること
⑤外国人の命と健康を守るためにも、国は困窮する外国人を受け入れる医療機関に財政的保障を行うこと
を指摘します。

※この記事は、change.orgと移住連HPに掲載した記事を転載したものです。署名にも是非ご協力ください。

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#困窮する移民・難民に医療を - 解説記事②「善意ある病院だけの対応ではもう限界」(無料低額診療事業編)
移住連は、今ここにある移民社会のために多様性を豊かさと捉える社会を目指して活動するNGOです。在日外国人人口は324万人を超え、日本には、多くの移民が暮らし外国にルーツをもつ日本国籍者も増えました。日本人の定義も変化し移住連の活動の場も増加しています。

①想定の2倍以上、医療を受けられない困窮外国人が殺到
2021年11月3日、東京の四谷にある教会で、外国人支援団体が主催する外国人向けの医療相談会が行われました。60名を定員としていましたが、当日集まった外国人は約140人想定の2倍以上でした。
この日の相談会には、アフリカ出身の人たちを中心に、若者から中高年、子連れの家族たちが訪れていました。千葉県から来たという東南アジア出身の50代女性は「保険証がないので、病院は高くて行けない。風邪を引いても我慢して家で寝ていることが多い。しばらくおなかの調子が悪かったので相談に来た。医師が病院の紹介状を書いてくれ、診療費も支援してくれるというので安心しました。早く病院に行きたいです」と話していました。
また、南アジア出身の男性は妻と心臓に疾患のある3歳の娘と一緒に相談会に訪れていました。難民申請をしているが拒否されてしまい、同時に保育園への入園も健康保険も認められなくなってしまったそうです。彼は「日本で生まれた娘のこれからが心配だ。適切な治療や教育をせめて娘には、受けさせて欲しい」と訴えていました。

外国人対象の医療相談会に生活困窮の140人 東京・千代田の教会 | 毎日新聞
 長引くコロナ禍で生活に困窮する外国人を対象とした医療相談会が3日、東京都千代田区のカトリック麴町聖イグナチオ教会で開かれた。首都圏に住む外国人約140人が訪れ、ボランティアの医師や保健師、弁護士、支援者が相談にあたった。【上東麻子/デジタル報道センター】
コロナ禍 仮放免の外国人増加も生活支援は皆無 移民・難民の生活医療相談会に140人 東京・千代田区の教会:東京新聞 TOKYO Web
コロナ禍における移民・難民のための生活医療相談会が3日、東京都千代田区の聖イグナチオ教会で開かれ、外国人約140人が医療や生活相談を受...
「在留資格で人権線引きは間違い」 医療相談会に長蛇の列 時代の正体 差別のない国へ | カナロコ by 神奈川新聞
在留資格がないため公的支援が受けられず、新型コロナウイルス禍で生活が逼迫(ひっぱく)している外国人向けの医療相談会が3日、東京都千代田区のカトリック麹町聖イグナチオ教会で開かれた。仮放免中の難民申請者ら100人以上が列をつくり、支援団体は…
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6分30秒ぐらいから

②国民健康保険も生活保護も受けられず医療にかかれない外国人
こうした医療を受けられない困窮外国人は日本全国にいます。
国民健康保険など医療保険に入っていると原則3割の負担で治療を受けることができます。しかし、在留期間が3か月以下の外国人や在留資格を持っていない外国人は国民健康保険に加入できません。つまり、治療費が全額自己負担の100%になるということです。筆者の計算では、こうした状況にある外国人は約12万8000人いると考えられます(※1)。  
国民健康保険に加入できず、全額自己負担を強いられる場合、日本人であれば生活保護という選択肢もあります。しかし、生活保護を受けられる外国人は限られています。筆者の計算では、総在留外国人のうち49%143万24人の外国人が生活保護を受けることができない状況です(※2)。

国民健康保険からも生活保護からも排除されてしまった外国人は全額自己負担で100%の医療費を支払わなければなりません。これは、実質的に医療にかかれないことを意味しています。だからこそ、今回の医療相談会に多数の外国人が殺到したのです。こうした状況を踏まえて、長澤正隆・北関東医療相談会事務局長は「外国人が、ビザがないという理由で医療が受けられず、最低限の生活も保障されないのは差別的な扱いだ。…健康保険や生活保護などを使える仕組みに改善してほしい」と指摘しています。

③国民健康保険からも生活保護からも排除、「最後の砦」無料低額診療事業
このように多くの困窮外国人が医療を受けられずに苦しんでいます。そうした中、一部の医療機関が実施する「無料低額診療事業」によって命や健康を繋ぎとめることができている外国人もいます。
「無料低額診療事業」とは、読んで字のごとく、生活困窮者が経済的な理由によって必要な医療を受ける機会を制限されることのないように、無料または低額な料⾦で診療を行う事業のことです。その対象は医療機関ごとに決められていますが、外国人を対象としている医療機関もあります。

無料低額診療事業 制度の説明

国民健康保険や生活保護からも排除されてしまい、無料低額診療事業を実施する病院が受け入れてくれていなければ、その人の命と健康は途絶えていただろうというケースを多く目の当たりにしてきました。無料低額診療事業は実質的に困窮外国人の命と健康を守る「最後の砦」となっているのです。

④善意のある病院の対応だけではもう限界
□「最後の砦」が崩れ始めている
コロナによって日本人・外国人の困窮者が増加している現在、こうした無料低額診療事業の必要性が高まり、無料低額診療事業を利用する受診者数が増加しています。

お探しのページが見つかりません|北國新聞デジタル・富山新聞デジタル
困難によりそう<下>コロナで収入減、病気の治療も諦め…「無料低額診療」を行う医療機関も | ヨミドクター(読売新聞)
 お金がないからと病気の治療を諦めてしまう人がいる。思うように働けなくなって、さらなる生活困窮に追い込まれる恐れもある。全国の一部の病院や診療所で行われている無料低額診療は、そんな悪循環を断ち切る取り組みだ。 「無料低額診療」支払いを減免 無料低額診療で通院を続ける女性(手前)。「治療を諦めることも考えた」と話す(大阪...

しかし、コロナによる経営悪化から無料低額診療事業の実施が厳しくなりつつあります。
全国福祉医療施設協議会が実施した「令和2年度 新型コロナウイルス感染症にかかる無料低額診療事業等への影響等に関するアンケート調査」によると、医業収益について、減少と回答する施設が5月期において入院で76.3%、外来で91.1%となっており、6月期には比率は下がっているものの、いまだ6割近い施設の収益が減少となっていることが明らかになりました。また、ある医療機関は無料低額診療事業を継続するためにクラウドファンディングを実施しました。寄付頼みの状況になっているということです。
こうした経営悪化という背景から、「無料低額診療はどこも生活困窮者で手一杯となり、外国人の診療が断られてしまうケースが目立ってきている」という事態が生じてきています(長澤氏)。外国人の命と健康を守る「最後の砦」が崩壊し始めているのです。

全国福祉医療施設協議会 - 無料低額診療事業
「医療費払えない…」を救う手立て コロナ禍で増す重み:朝日新聞デジタル
 経済的な理由で医療を受けられない――。そんなことにならないよう、医療機関が無料か低額で医療を提供する「無料低額診療事業」があります。コロナ禍で生活に行き詰まる人が増える中、事業の重要性は高まっていま…
在留資格の有無を「生きられない理由」にしないために ―無保険による高額医療費、支援団体が訴え - Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)
スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が名古屋入国管理局(以下、名古屋入管)収容中に亡くなっ

□数百万を超える医療費、無料低額診療事業だけではもう限界
そうした無料低額診療事業の現状について、無料低額診療事業を実施する病院の医療ソーシャルワーカー、柳田月美さんに話を聞きました。
南アジア出身の30代男性。腎臓機能が異常であることが判明し、透析医療ができる病院への救急搬送が必要と判断。彼は⺟国で命の危険を感じ、妻と共に短期ビザで⼊国。貯⾦は底をつき、知⼈の⽀援を受けることで何とか生活を維持していた。また、彼は難⺠申請中で国⺠健康への加⼊資格はない状態だった。
A病院のソーシャルワーカーが、無料低額診療事業で受け入れてくれる医療機関を探すが、7〜8ヶ所の医療機関に断られてしまった。最終的に、県をまたいで柳田さんが勤める病院で受け入れることに。緊急透析を要する状態で命の危険があることから、救急⾞が到着してすぐに透析医療を開始。その後、彼の命は助かり、現在、週3回の外来透析を受けている。柳田さん、「この時に受け入れてくれる医療機関がなかったら、彼の命はどうなっていたのかという状況だった」。
幸いにも彼の命は助かりました。しかし、ある問題が残りました。医療費については無料低額診療事業の活⽤で全額無料になった一方、病院側の負担は約350万円に上りました。この350万円の医療費の補填はどこからもありません。病院が負担しなければなりません
こうした状況を踏まえて、柳田さんは「当院における2020年度の無料低額診療事業の利用の5割が無保険の外国人、それは減免額全体の76%を占めている。無料低額診療事業の医療機関としては、外国人であっても医療費の減免を目指したいが、もはや一民間医療機関だけでは賄える状況ではない。医療機関が経営的に苦しくなっている中で、無料低額診療事業を実施している病院でも、『これ以上、保険に加入していない外国人に対する無料低額診療事業の活用は困難だ』という他の医療機関の声も聞いている。無料低額診療事業だけで外国人の医療を支えるのはすでに限界だ」と指摘しています。
こうした問題は全国各地で起きています。関東のある病院の医療ソーシャルワーカーの話です。今すぐに手術をしないと死んでしまう外国人が救急車で運ばれてきた。断ることはできない。幸いにも命は助かったが、病院側の負担は数百万円に上った。こういうことが頻発したら病院の経営は持たない。同時に、命を救うために受け入れを決め、病院に数百万円の負担を負わせることになったソーシャルワーカーは、経営と命の間の板挟みにあい苦しい立場に立たされている。「これではソーシャルワーカーは仕事ができなくなりますよ。本来は上の問題。善意あるソーシャルワーカーはみんなそういうふうにして苦しんでいる」。
無料低額診療事業を実施している医療機関は医療機関全体の0.4%(703か所:2018年現在)。この事業を実施している医療機関は法人税などが優遇されますが、無料低額診療事業を実施している医療機関からは「当院のような社会福祉法人などはもともと非課税となっている法人なので、新たな優遇を受けることはありません。そのため、医療機関の経営を圧迫しかねないんです」という訴えもあります(https://nikkan-spa.jp/1783608/2)。このような病院は持ち出しで外国人の命を支えているのです。
こうした状況下においても、善意のある医療機関は国民健康保険や生活保護から排除されている外国人を受け入れ続けています。しかし、それはもう限界です。善意のある病院だけに負担を押し付け、責任を丸投げをしてはいけません。外国人の命と健康を守るためにも、今まさに「公助」が必要です。

⑤目指すべき「公助」の在り方  
そこで、私たちは、国に対して国民健康保険や生活保護から排除され生活に困窮する外国人の医療を保障するために、これらの人たちを受け入れる医療機関への財政的保障を求めます。詳細は以下のリンク(https://www.change.org/EmergencyMedicalAid)をご参照ください。
この要望に沿って国が対応すれば、多くの困窮外国人の命と健康が守られます。そして、医療にかかれず苦しんでいる外国人の為にも、今すぐにこの対応がなされなければなりません。  
署名へのご協力をよろしくお願いいたします。

※1 総在留外国人数(292万8940人:2020年末現在)から在留外国人数(288万7116人:同上)を引いて、超過滞在者(8万2868人:2021年1月1日現在)と仮放免者(3061人:2020年末現在)を足した数(12万7753人)。上記以外の外国人も国民健康保険の対象・対象外となる場合があります。詳細は、移住者と連帯する全国ネットワーク編(2019)『外国人の医療・福祉・社会保障 相談ハンドブック』明石書店、をご覧ください。

※2 生活保護の準用措置の対象となる外国人は、特別永住者(30万4430人:2020年末現在)、永住者(80万7517人:同上)、日本人の配偶者等(14万2735人:同上)、永住者の配偶者等(4万2905人)、定住者(20万1329人)など。詳細は以下のリンク(https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-223-21-08-g853)をご参照ください。

※この記事は2021年10月7日に行われた記者レクでの柳田月美氏報告、その他資料、取材をもとに大澤優真(署名活動事務局・北関東医療相談会)が作成しました。

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